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リニューアルで、はじめまして♪:Janet Klein

at 2002 07/13 02:46

◆以前から「オヤジ音楽」を標榜し、メインストリームから乖離した音楽生活を送っていたのではあるが。。。近頃ヤバすぎかも。。。

◆レコ屋で巡回する棚自体が若くないのである。以前は「新譜リコメンド」→「邦楽」→「Rock」→「ソウル」→「ニューオーリンズ」ってな感じだったのに、近頃は「ニューオリンズ」→「ブルース」→「カントリー」→「フォーク」→「ワールドミュージック」。。。終了?ってな感じ。ロックもソウルもNoチェック! これじゃ、「オヤジ音楽」じゃなくて既に「オジイ音楽」かしらん。まだ32歳なのに。。。という具合になってしまうのも、今、カントリーの棚が熱すぎるからなのだ(カントリーと「熱い」というのは可笑しな取り合わせだ)。

◆カントリーかぁ。。。なんか音楽の趣味も行くところまで行ってしまったなぁ、音楽的にすでに余生?って気分である。悪いのはAsylum Street Spankersなのだ、こいつらがボクにカントリーの楽しみを教えてしまったのだ。

◆カントリーといっても色々あるらしく、ハマッっているのはどうやらウイリーネルソン系のつなぎのジーンズの似合うベタベタものではなく、アコースティックスイングである。ジャグ〜Jazz〜カントリーとジャンルとしての幅は広いものの、どれもとてもゆったりとしているくせに繊細で、気持ちのいい音たちの集まりだ。

◆そして、またここに珠玉のような繊細で美しい一枚に出会ってしまった。魅惑のウクレレギャルJanet Kleinの98年のファーストアルバムCome into My Parlorだ。ここを見た人は、とりあえず少なくとも試聴くらいはしてほしい。

◆最初に試聴した時は音質の良いリイシューだと思ったくらい、ひとりで淡々とウクレレを弾き語る。まるで戦前の場末の弾き語りのよう。線の細い声に陰影がしっかりと出ていてそこが妙な艶気となっているのだが、淡々とした歌い口調にはどこか超然としたところもある。そこから高貴さも感じさせられるから、なんとも魅惑的な一枚だ。

◆ジャネクラの唄を聴いていて思い出すのは「突然炎のごとく(JULES ET JIM)」でジャンヌモローが唄う「つむじ風」だ。弦一本をバックに唄うジャンヌ、男の子二人を夢中にさせつつも自分の気品を絶対忘れない慎ましやかな少女カトリーヌの役柄どおり、彼女の淡々とした歌には小悪魔と聖女が同居していた。ジャネクラの歌声もモローのそれのように「崇拝」と「堕落」の双方を兼ね備えている。そして淡々とだが決して単調ではない、むしろ包容力のある歌唱と魅惑的で優雅な旋律が時間を忘れさせてくれる。

◆26曲約50分ほとんど一人でウクレレを弾き語りする彼女、実はロスアンジェルスでグラフィックデザイナーをしている30歳前後の女性らしい。音楽も魅惑的だが、その古風でセンチメンタルな、セピア色のアルバムデザインである。あぁこんなセンスを自分も持っていられたらなぁ、と嘆息させられるほど美しい。

◆購入してからほぼ毎日、このアルバムを聴いている。このアルバムはゆったり僕らの生活を支えてくれるとともに、多少の色艶と多少の品のよさと多くの安らぎを与えてくれる。

◆彼女はこれ以外に、もう一枚と8月に新譜(国内盤!)が予定されている。また8月には来日も予定しており、ますます盛り上がるであろう。しかしジャネクラと「盛り上がる」というのも、なんと不似合いな取り合わせなんだろう(笑)。

◆公式HPは→The Home Of Janet Klein.そして来日情報や試聴のできるファンページは→レコードや グリグリ

◆素晴らしい音楽にまたひとつ出会ってしまった。しかし僕が分かりやすい(他者と共通認識をもちやすい)ジャンルに戻れるのは何時のことだろうか?(笑)

◆こんなオジイ音楽愛好家ですが、今後ともどうぞよろしく。では、これから結婚式、行ってきます〜!


大転換:からまつ楽団

at 2002 07/13 02:46

◆いやぁ結婚してしまった。再婚だ。人生フィックスされたねぇ。

◆「再婚なんだから、まだリセットあるかもよ?」と意地悪な見方をしてはいけない。もう一生、ぼくは奥さんをパートナーに、人生を謳歌していくつもりなのだ。さすがに3度目はツライ。

◆このたび、僕の人生は大きな転換を迎えました。結婚もそうだけど、父の会社に転職、不埒な出版業からまじめな商人への転業である、そしてそのため、平成の全てを過ごした「東京」から昭和の記憶しかない「名古屋」への移住、と本当に仕事も生活内容も生活環境もすべて変わる。

◆だいたい僕はズルイ生き方をしてきた。なんだかんだ言っていつでも「逃げ道」や「予備」や「言い訳」を残しておいたのである。しかしもう逃げられない。家庭やなりわい(経営側だ)や地縁血縁に全てがんじがらめになっていくのである。それを自分の発案で自分で決定した。もうどこに逃げても「負け犬」でしかなく、その時には大量の「債務」と石つぶてと罵声が僕を追いかけてくるだろう。後は歯を食いしばるしかない。すべて自分の責任ですわ。

◆そんな人生の大転換を象徴するのが今回の結婚である。ある意味、都会の自由人へのレクイエムであり新しい人生の門出のファンファーレである。だからあれくらい派手にやってもいいだろ?

◆さて、10年以上親しんだ武蔵野の丘を離れる前に、武蔵野ぶるーす最高のトリオからまつ楽団を紹介しておこう。吉祥寺本町3-14-5にあるからまつ亭という蕎麦屋の主人ジミー矢島さんを中心とするアコースティック3人組、独特のまったりしたぶるーすを聴かせてくれる。

◆5月に出た初アルバム裏町の月明かりはpiano mixing 推薦文は吾妻光良氏。この名前だけで一聴の価値ありと思った方には絶対気に入ると思います。ちなみにベースはSWINGING BOPPERSの牧裕さん

◆疲れた心にじわぁっと染み入るような温かいアコースティックギターの上をゆったり歩くわたりべふみさんの昭和歌謡のようなボーカルがとっても気持ちいい。癒されるとかなごむとかそんな言葉じゃ表現し切れません。熱燗。。。いや、しゃきっとキレの良い蕎麦を食い終わった後のそば湯のぬくもりのような、さすが蕎麦打ち職人のアルバムです。

◆ブルース、ハワイアン、アコースティックスイング。。。軽く爽やかにしかし腰のある大人のためのアルバム、本当に大人のためのアルバムです。なんか歌詞を聴いているとしみじみつらくなってきます。
「ねぇはったらいて〜 はったらいて〜 あなたの大切なあたしのたーめーにー」
「やり場のないこの気持ちをー どこへもっていけばいいのー ネオンの色に誘われてー 迷いこんだこの路・地・裏」

◆家に帰ると女房がいて、会社に行くとオヤジとお袋がいる〜。まぁ自分で決めたことだ、とりあえずは若い社員を入れられるように頑張ろうではないか! 

◆つらいのは名古屋にはあまり美味い蕎麦屋がないことくらいかな? だから今のうちにせいぜい蕎麦と酒を楽しんでおこう。さて、もういっぱい付き合っていただけませんか?

感性なんて:John Sebastian

at 2002 07/18 04:32

John Sebastianのベストを聞いている。(公式には)Even Dozen Jug Bandから始まりLovin' Spoonfulで花開いた彼のグッドタイムミュージック放浪の歴史は、ソロになると、より落ち着きを見せる。ウッドストック系のアーシーさやフォークっぽさを取り入れ、とても優しくアットホームな楽曲に仕上がっている。聴きながら白河夜船にたゆとう昼下がり、なんてのがとても気持ちよさそうである。

◆なんて笑ってしまいそうなコメントだよな。僕がこのアルバムを購入したのは1989年、たしかミュージクマガジンでのレビューだったと思う。当時はウッドストック関係の一人という知識しかなかったもので、CS&Nやザバンド、(何故か)ヴァンモリソンのようなアーシーだったりソウルフルだったりする音を期待していた。しかし聴こえてきたのは時代遅れのフォークソングや、あたかもジョンデンバーのような偽善的ポップカントリーだった。2980円の浪費という悲しみを背負った僕は、そのCDに愚作駄作の烙印を押し、CDラックの奥深くにしまいこんでしまったのだ。

◆それを今になって聴いて、「いいよねぇ、グッドタイムミュージックだよなぁ」なんて、自分を疑いたくなる。要するに、このアーティストをどういうジャンル(といか切り口)で見ているかによって評価なんて簡単に変わってしまうものなのだ。

◆時代遅れのアーティストであっても「再評価」の一言で全く新しいものになってしまう。アメリカでは「ザバンドの二流版」でしかなかったバンドが「パブロックの先駆者」として時代に残ってしまうようなものだ。「切り口」「かんむり」「キャッチコピー」「露出の仕方」それらの効果で、自分の固有のものだと思っているセンスや感性でさえも実は左右されているのであろう。

◆若い子の中には「自分の感性で生きていたい」なんて考えている人も多いであろう。かつて自分もそんなたわいのないことを考えていたことがある。でもその感性なんて外的要因で180度変わってしまう危険性をはらんでいるんだよね。だから大切なのは、自分の感性を守ることではなく、未経験な物事にどんどんチャレンジしていって、その場その場を楽しめるかどうかなんだよね。

◆だから僕はいまジョンセバスチャンを楽しむことにする。

◆ここはレビューページではないので、こんなユルい価値観で音楽の良し悪しを語ってもOKですよね?

帰郷永住:LEVON HELM

at 2002 07/27 11:29

◆一度離れた街に舞い戻るというのはつらいものも多い。何もかもが自分の知らないうちに成長し、或るものは無と化し、また或るものは大きく両腕を伸ばしている。

◆この街で生まれ育った自分をまるで部外者だというように街は十数年の間に変化を遂げていた。自分の記憶をたどって、女房と街を歩く。「昔ここはね…」「ここはたしか…」「このあたりは…だったのに」等々。まるで老人ででもあるかのように、昔話しかできない自分に少々辟易。この街にとっては、今の自分は部外者なのだろう。

◆しかし東京に住んでいたのは13年、これからこの街には何十年住むのだろうか?(何十年生きられるのだろうか?) きっとここにいるほうが長いはず、だから今はまだ部外者だろうけど、きっとすぐにでも溶け込めるはず。昭和のこの街、今まで住んだ東京、そしてこれからのこの街、どこも切れているけど繋がっている。この街を愛しこの街で生きていこう。

◆海外のアーティスト、特にアメリカのアーティストは自分の街に対する愛情が深い。どこに移り住んでも自分のルーツは忘れない、誇りにすらしている。こんなに愛される彼らの街というものはどんなにユートピアなのだろうか、と思っても実際は、日本の片田舎と大差ない。しかしあれだけの愛情を公言できるというのは彼らと我々とは「故郷」に対する姿勢が多少なりとも違うのだろう。

◆元The BandのドラマーLevon Helmの80年の名盤American Sonは自分のルーツである南部に対する愛情にあふれている。ウッドストックに活動拠点を定めていたヘルムが、もう一度自分のルーツである南部のサウンドに原点回帰しようとしたアルバムだ。

◆「Watermelon Time In Georgia」に始まり「America's Farm」や「Nashville Wimmin」を通って「Sweet Peach Georgia Wine」に終わる。アルバムタイトルや曲目だけを見ても愛情を感じるのに、屈託のないその演奏/歌は本当にリラックスしていて楽しげだ。本当の自分を育てた街であり、もっとも息をつける場所である故郷を思いながら歌う、それがたった二週間で出来上がったこのアルバムを「名盤」として世に残している所以だろう。

◆日本だとご当地ソングというのはどうしても演歌かコミックソングになりがちだが、本当に愛情を込めて歌うのならば、ご当地モノのロックやポップスがもっとたくさんあってもいいのだと思う。

◆僕もこれだけの愛情をもってこの街で生きていきたいと思う、また愛情をこめられる街になってゆくように自らが力を尽くしていきたいと思う。

◆ヘルムに関する詳細はThe Band web site

今月のオトシャベリへ、●アーティストリスト


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