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ムード歌謡のニーズ?:椎名純平

at 2001 09/11 19:20

◆小田和正が人気らしい。5月に出たオフコースのセルフリメイクがまだチャート20位圏内にいることを考えると、かなり浸透している様だ。

◆小田さんの澄んだハイトーンの歌声はとても心に響いてくる、20年経っても充分通用するそのメロディも彼の有能さをきちんと表していると思う。オフコースは、小田和正は時代を超えて素晴らしい音楽だ。

◆今、彼が再評価される土壌の1つに、男の高いきれいな声に対する人気も考えられる。平井堅、山崎まさよし、氷川きよし、CHEMISTRY、w−inds.等々。男性J-R&Bだけでなく、メインストリームのどのジャンルを見ても目立っているのはハイトーンボイスで歌う男性たち、以前のGLAYやTMRらの「ビジュアルの綺麗さ」を追い求めるブームの次に来たのは「声の綺麗さ」だったようだ。

◆大体日本では、男性にワイルドやパワフル、筋力等の「たくましさ」「強さ」という評価をあまり求めない。どちらかというとユニセックスへのベクトルが強いのだろう。「男性性」のパワーを安心感と見るより威圧感として感じることが多いからであろうか、それだけ力を誇示する必要が感じられない平和社会が確立されているからかもしれない。スタローンよりデカプリオに人気の集まる民族なのだ。

◆しかし、ハイトーン一辺倒なのはちと困りモノだ。声質がムード歌謡と呼ばれている私には、カラオケで取り上げると苦しすぎる。30歳も越え、そろそろ声帯も衰え始めている昨今、彼らの美しいメロディを追いかけようとすると、首の筋は張りまくり、コメカミの血管は浮き上がり、ワンコーラス歌っただけで、頭痛がこみ上げてくる。マーケティング主導のメインストリーム音楽のニーズとして歌いやすいことは必要不可欠ではなかったのだろうか?

◆さて、満を持して発売された椎名純平のファーストアルバム椎名純平、現状の日本RBシーンとは対極をなすような野太いボーカル、甘さのない硬質なメロディと演奏で、本当のR&B・ソウルの魂を伝えてくれる。先行シングルの無情・世界・未来、そしてDEV LARGEとのコラボレーション曲を含む全12曲、すべてがメインストリームで使い古されていない本当のジャパニーズR&Bを堪能できる一枚だ。

◆正直言って彼を応援している。そろそろ甘い音にも飽きたし、高音一辺倒なカラオケも苦痛だ。彼のような音が巷に増えてくれれば、歌を上手く歌えるようにすることに集中できる。しかし、このアルバムを聴いた限りでは、大ブレイクするにはまだ一歩というところであろうか。

◆硬派なイメージと、そのイメージにたがう事のない野太くかつ情熱的な声音もとても魅力的だし、バックミュージックのクオリティとアレンジの秀逸さは、歌なしでも完成されているといって良いほどだ。各々の曲のイントロも充分聴かせてくれる、それだけ曲に対して自信があるということだろう。その自信を損じない出来映えである。しかし、メインストリームとして扱うには、メロディがイマイチ、リスナーの心を惹かないのである。もちろんラップではないので抑揚がないわけではない、しかし、力強い歌声に比してメロディには力がない。人の耳を惹きつけるようなセンセーショナルなものも、なじむような親しみやすさもあまり感じられるとは言えない。つまり印象に残りにくいメロディなのだ。

◆これじゃいかん、歌ってもカラオケで人気は取れない(笑)。キャラも立っていて、クオリティも高い気鋭のアーティストである。充分メインストリームにのし上がる力はあると思う、だからもう一歩頑張って欲しい。そして人々の口に上るメロディを作ってもらいたい。ムード歌謡ボイスの私としては彼の今後に切に願うのであった。


◆オフィシャルサイトは→


時代遅れのレビュワー:NewOrder

at 2001 09/11 20:47

New Orderの新作Get Readyだ。毎日聴いている。もう何もいうことはない、さまざまなレビューで語り尽くされている。ギター中心のサウンド、80年代ダンスシーンを先取りしていたセンセーショナルなバンド、JoyDivisionのこと、フッキ―の音作りが目立つセッションっぽい作り、センチメンタルなメロディラインが復活/惰性的等々。賛否両論あるだろう。そんなことはどうでもよい。NewOrderはNewOrderだ。

◆こんな書き方をしていると信者のように思われるだろう。まぁ信者なのかもしれない。Rockの死亡宣言以降、Rockバンドに対するリスナーの評価はかなり非感情的だと思う。社会への反抗を歌い上げながら交通キャンペーンに出ているHardRockerに対し、体制側に寝返ったとか、商業主義的だなどと言う人はもういない。歌手の突然の死亡に、殉死するファンも少なくなった。

◆良く言えば、アーティストが本当に音楽のみで評価される時代になったのだろう。あのアーティストの新譜だから、とお付き合いでアルバムを買う人も減った。逆にいえば、音楽が常に商品として消費され磨耗し消えていく時代だと思う。それが良いかどうかは僕が判断することではないだろう。

◆しかし、このバンドに対しては何故か素人なみに感情的なのである。職業として評論できているのは小田島氏ぐらいだろうか、それ以外のレビューはみな、「ダメダメな音だけど、そこがNOの良いところ」的なNOらしければ何でもよい、分からないヤツは聴くなという、まるで松村雄策氏がビートルズに、渋谷陽一氏がストーンズに、中村とうよう氏が80年代に第三世界の音楽に込めたような愛情が感じられる。

◆またそして、みな執拗なまでに文学的で訳がわからない。否定しつつ、肯定していたりする。評論とは言えないものまでそうだ。HMVの紹介までがこのようだ↓

スマパンのルーツだというからよっぽど情緒的なメロ展開だとは思うのだが。この8年ぶりの新作を前にしても情緒的に盛り上ろうという気がしない。というか、彼らの新作はいつもそうだったような気も。(中略)かといってギター・ロックが新鮮でさ、とかいったプレス向けの発言を後生大事に抱えるかのように真に受けてはいけない。(中略)ちょっとデジ・カメの粒子に似合う音かも?だから何?いや、別にいいよ、その繰り返しが文字通り延々と繰り返されていくような感じ...キンドーさん、はい...どこを切っても...はい、ポキン、金太郎...だから何?...。

◆これがレコードショップの紹介文?? なぜこのバンドは人を情緒的文学的破壊的破滅的にさせるのだろうか? 時代を振りかえるセンチメンタリズムという言葉では説明のつかないほど感情移入を感じる。たとえスクポリが新譜を出しても、ボーイジョージが活動再開しても、マイケルジャクソンが?周年ライブをしてもこの様に狂ったような語られ方はしなかった。

◆明らかに度を越した感情移入が、21世紀にまで通じているこのバンドの存在はいったいなんなんだろうか?

◆ニューオーダーのニュースページ→、公式Web?→

他人の不幸:JohnLennon

at 2001 09/13 14:45

◆アメリカで色々あったらしい。

◆昨晩からさまざまなニュースソースより映像が流れてくる。沢山の人が死に、人生が乱され、多くの文明物が水泡に帰したのだろう。大統領自身や基地、ホワイトハウス自体や原発等を狙っていないところを見る限り、開戦ではなく単なるいやがらせ(威圧行為)なのだろう。

◆それにしてもWTCのツインタワーに突撃していく旅客機の映像、なんと実感の湧かないものか。タワー自体が大きすぎ、そこに旅客機も大きすぎる。はっきり言ってピンとこない。逃げ惑う人々の図や倒壊するビル、すべて特撮の様で、まるで現実の出来事のような気がしないのは自分の想像力が欠如しているせいなのだろうか?

◆例えば、阪神大震災、去年の名古屋の洪水、東海村の原発、どれもとても身近に起こったことだったし、生生しい映像も刷りこまれるかのように垂れ流しにされていた。地下鉄サリン事件なんかはまさに、丸の内線に乗って出勤していた(池袋〜本郷だったので無事だったが)のだ。

◆しかし、目の前で人が血を出していたわけではない。身近な人が不幸に巻きこまれたわけではない。まして自分が痛かったり痒かったりしたわけではない。だから実感が湧かない。まして、ブラウン管を通した映像というのは、いくら実話と頭ではわかっているとはいえ、フィクションとノンフィクションの間が非常に曖昧だ。

◆しかし、実感が湧かないのは、いいことでもある。TVを見た人がみな、精神的に強いダメージを受けていたなら世界中がPTSDで立ち行かなくなってしまう。ブラウン管や刷物という非現実化装置を通して、現実を見ることで、人は本能的にショックの強いものをフィクションに仕立て上げようとするのかもしれない。そうしないで直球に他人の不幸を受け止めていたら、生きていけないほど世の中は悪いことに満ちている。

◆他人の不幸を笑い事に出来るから、人は生きていけるのだし、明日に希望を持てるのだろう。「大変そうだが、俺には関係ない」という立場というのも大切なものなのかもしれない。そしてその立場が貫けなくなった時、本当の「身の危険」がすでに取り返しがつかないほど近づいてている。つまり恐怖で身がすくむ間もないうちに天に召されるのであろう。

◆こういう時に良く思うのは、金だけ出して口を出さない腰砕け外交も、恨みを買わないのでいいことなのかもしれない、ということだ。消極的だが、「自らの平穏」という意味だけにに関してはとても効果的だ。

◆なにがなんでも、とにかくWar Is over If You Want It!、このメッセージを忘れないようにしよう。

◆ダコタのマンションは無事だろうか?

31年目の衝撃:TITI松村

at 2001 09/20 15:15

◆先日、行き付けの鍼師のところでとてもショックなことを言われた。

◆肩こり治療のため身体中を手のひらでなめされていたところ、ふと、先生がいった。「あれ? 五條さん、首据わっていないですねぇ」。軽く素朴に言われたその一言はとても衝撃的だった。。。

三十路も越えて首が据わってない??(@@;


おれは赤ん坊か!!!!!!

◆そういえば、寝ているときの首の位置がおかしいと、しばしば彼女に言われたことがある。そういえば、電車の扉にべったり頭をつけて眠ることが出来る。そういえば首を振ると、、、良い音するんだよなぁ。。。。ばきっ ぽきっ

◆マジで首据わっていないですか!!!! いつまでも赤子のままに、僕の首は育ってしまいましたか! こんなことに気付いてしまったら明日からは大人ではいられません。。。ばぶばぶ。。。だーだー。。。おっぱいおっぱい。。。むふっ←あ、立派な大人じゃん(汗

◆そんなBabyNeckの存在が、僕をまったりとしたやすらげる男としての存在感を強めているのではないだろうか?

◆まったりするといえば、TITI松村ふなのような女。今はゴンチチと呼ばれているゴンザレス三上&チチ松村の片割れのソロアルバムだが、もおおおありったけマッタリしている。ゴンチチの癒し系ネオアコ音楽とは違って、波止場の猥雑な酒場の雰囲気。どことなく育ちのよさそうな没落中流階級が、自分の人生をあきらめがちに回想しているようなアルバムだ。

◆ぶぉぉぉと下世話に唸るサックスとどことなく寂しげだが、甘くマッタリした松村氏の歌が聴きどころ。しかしもっとも聴きどころなのは2曲目「世界一陽気な男と世界一陰気な女」だろう。ブレイク前のCharaと松村のデュエット曲である。VioletBlueが出る前のChara、そうまだ可愛さよりも米軍基地出の場末っぽさや、あばずれっぽさ、ジャジーさを売りにしていた頃の彼女が絡むのだ。

◆色々な過去を背負って生きているような「世界一陰気」な女と、飄々として、かつ包容力のありそうな「世界一陽気」な男のデュエット、これは何度聴いてもいい。70年代っぽい薄暗さ気障さと、90年代っぽい癒し感覚の同居したアルバム。。。これを手にした渋谷109のHMVは今はもうパチスロになって久しいなぁ。。。

◆公式は→

変わらない美しさ:大貫妙子

at 2001 09/26 23:02

◆ター坊を美しいと思う自分がなんかおかしい。

◆芸能という世界の中では決して美人のうちには入らないだろう。しかし、あの人の独特な美しさは、人の心に残る特性だと思う。

◆1953年生まれだから、今年48歳、いいおばさんのはずである。しかしター坊は変わらない。相変わらず優雅で美しく、しかし個性的で活動的だ。あの物腰、声、音楽の質から想像するに、いい音を探してアフリカやイスパニアに(そして南極にも!)、いってしまう人のようにはとても思えない。

◆僕が最初に彼女が気になったのは「黒のクレール」に出会ったときだ。美しく清らかで上品な調べに、儚げで透き通っているくせに力強い意思を持った歌声がとても魅力的だった。そしてそれはすでに完成された「音楽」だった。あの頃以来、ター坊の音楽は変わらない。相変わらず美しく気品に満ち、儚げで意志の強い音楽を20年近く、オーディエンスに提供してくれている。

◆ター坊は変わらない。その外見的美しさも、その旋律の美しさも。彼女はヨーロッパ3部作と呼ばれる「ミニヨン」「ロマンティーク」「アヴァンチュール」で提唱され、「シニフェ」で完成されたその音楽の「美」をずっと保ち続けている。彼女はいったい幾つなのだろうか? そしていつまで同じ美しさを保ち続けてくれるのだろうか? 彼女のように美しさを継続できる女性と恋が出来たらどんなに素晴らしいだろうか? 僕は想像してしまう。。。

◆しかし、実は彼女の「未完成」だった頃の音がとても好きだったりする。GREY SKIES、大貫妙子のソロデビューアルバムだ。シュガーベイブや鈴木茂、ティンパンアレーのような70年代シティポップスをバックに、爽やかに気楽に楽しそうに歌っているター坊。初期の吉田美奈子のようだ、あるいはもうちょっとおしとやかなEPOというべきか(笑) そんな元気なター坊が、(いまのター坊を知っているから余計に)魅力的に感じる。カイエやピーターラビットもいいが、こんなター坊もいいかもしれない。

◆オフィシャルHPは→


今月のオトシャベリへ、●アーティストリスト


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